小惑星探査機「はやぶさ」や、水星探査機「みお」で世界的な活躍を続けている宇宙航空研究開発機構(JAXA)が、現在、超音速旅客機の開発を進めています。
その爆撃音で姿を消したコンコルドに変わる、静かな超音速旅客機の音は、なんとドアのノックの音レベルにまで達しているとのこと!
JAXAが宇宙事業の影で進めているこの旅客機開発がどのようなものなのかに迫っていきたいと思います。
旅客機が速くならなかった理由
超音速旅客機といえば、コンコルドを思ひ浮かべる人も多いと思います。
コンコルドは、イギリスのBAC(British Aircraft Corporation)とフランスのシュド・アビアシオン(Sud-Aviation)が開発し、1976年に就航しましたが、2003年には全機が退役し、営業飛行は終了しています。
コンコルドの速度はマッハ2で、現在運行している旅客機の速度はマッハ0.8ですから倍以上の速さということになります。
マッハというのは、音速(気温15℃、1気圧の空気中340m/秒)を基準として計算する速度の単位です。
音の速さは気温によって変わるので、高い空を飛ぶ場合は地上の気温とは全く異なりますから、一般的に私たちが普段利用している時速◯◯kmという表現とは一概に比較は出来ませんが、この秒速340mは、時速1,224kmとなります。
その時速1,224kmの0.8倍となると時速979.2kmという計算になりますが、この旅客機の速度というのは、コンコルドの場合を除くと、60年の間進化していないのです。
アメリカのボーイング社が1958年に完成させたボーイング707機は、時速965kmでした。
東京オリンピックの年、1964年10月1日に開通した東海道新幹線は時速210kmで東京ー大阪間を4時間で結びましたが、今や、1992年にデビューした「のぞみ」に乗れば、東京ー大阪間は2時間22分(2015年3月14日、N700Aによって最高速度が285km/hへ23年ぶりに引き上げられました)にまでなっています。
日本は島国であるから尚更でしょうが、陸路はこんなに時間距離が縮まってきたのに、空路はほぼ変化がないため、一向に外国との時間距離が縮まらないという感覚を持たずにはいられません。
超音速旅客機のコンコルドが空から姿を消したのは、オイルショック、経済性、墜落事故などいくつもの理由があってのことでしたが、その行く末を最も強く阻んだのは、落雷のような爆撃音でした。
この爆音はソニックブームと呼ばれます。
超音速で飛ぶことで、機体から衝撃波が出て、それが空気を圧縮することで、地上に届いた時に非常に大きな音になるのです。
このソニックブームの為に、コンコルドは海上しか飛ぶことが出来なく、大西洋を渡る飛行航路しか取れませんでした。
また、コンコルド自体が非常に燃料を消費し、大西洋を給油なしで飛ぶことが出来なく、、当時は、経済的需要の高かった極東路線を飛ぶことができませんでした。
ジェット旅客機は、スペースシャトルなどではありませんから、日常的に空を飛行します。
現在の飛行機ですら騒音があるのに、それとは比べ物にならない位の爆音が出るコンコルドは、その爆音ゆえに、航路が限定され、結果的に採算を取ることができなく、姿を消しました。
また、60年間、旅客機の速さが変化しなかったもう一つの大きな理由は燃費効率の問題でした。
現在のジェット旅客機で主に使用されているエンジンは、ターボファンエンジンですが、そのターボファンエンジンの燃費効率が最もよくなるのが、音速の8割の速度になるのです。
つまり、この音速の80%、マッハ0.8よりも遅く飛んでも、速く飛んでも、燃料の無駄遣いとなってしまうのです。
航空機の価格よりも、航空機の燃料費の方が大きく収益を左右する為、ジェット旅客機の速さは変化してこなかったのです。
JAXAの20年以上の超音速旅客機研究成果
JAXA(ジャクサ)という名前は、その素晴らしい実績から、広く親しまれていますが、正式名称は国立研究開発法人(こくりつけんきゅうかいはつほうじん)宇宙航空研究開発機構(うちゅうこうくうけんきゅうかいはつきこう)です。
宇宙航空開発機構は、2003年10月1日に日本の航空宇宙研究の3つの機関、文部科学省宇宙科学研究所 (ISAS)、特殊法人宇宙開発事業団 (NASDA)、独立行政法人航空宇宙技術研究所 (NAL)が統合して発足しました。
このJAXAの前身の一つの機関である航空宇宙技術研究所 (NAL)は、1997年に超音速旅客機の研究を開始しました。
JAXAとなってから、機構全体としては宇宙事業が最優先となりましたが、コンピューターによる飛行シミュレーションを繰り返しながら、超音速旅客機の最大の壁である爆音を抑えるために、衝撃波を分散させたり、打ち消したりするための、機体の形の研究を行ってきました。
JAXA航空技術部門航空システム研究ユニット長の牧野好和氏はこう語っています。
超音速で飛ばせと言われたら飛ばせる
JAXAは2018年7月2日、この超音速旅客機開発としての「静粛超音速機統合設計技術の研究開発」の中間発表を行いました。
超音速旅客機が民間化するために、低ソニックブーム/低離着陸騒音/低抵抗/軽量化という4つの技術目標を同時に満たす機体設計技術の獲得を目指しています。
超音速旅客機の民間化というのは速さの問題ではなく、ソニックブームの低減、離着陸時の騒音の低減、空気抵抗力を減らし、機体を軽くして機体の効率を上げ、燃費よく飛べるようにする技術の開発が鍵となるのです。
超音速旅客機の研究においてJAXAが世界に誇れる技術とは、コンピューターを使ったシミュレーション設計技術です。
ソニックブームの低減と機体の形状は深い関係にあると考えられています。
空気抵抗を下げようとするとソニックブームが大きくなり、逆にソニックブームを下げようとすると空気抵抗が大きくなってしまうというような相反する性質がありますが、その両方を満たしていかなくてはいけません。
また、ソニックブームと空気抵抗の低減だけではなく、離着陸騒音の低減、軽量化という目標もありますから、多目的な設計が必要となるのですが、こうした多目的の要求を最適化する「多目的最適設計技術」を使ってJAXAは超音速旅客機の開発を進めています。
まず機体を作ってから性能を確かめるのではなく、必須の機能に基づく設計要求をシミュレーションしていく技術が「多目的最適設計技術」なのです。
JAXAの具体的数値目標としては、乗客50人、巡航速度マッハ1.6、巡航距離3500nm(約6300km・例:東京ーシンガポールは約5300km)の小型超音速旅客機において、85PLdB以下の低ソニックブーム、ICAO Chapter14適合の低離着陸騒音、巡航揚抗比8.0以上の低抵抗、構造重量15%減の軽量化を目指しています。
このソニックブームの低減の効果がどの程度かというと、シュミレーター上では、コンコルドの音が落雷の響並みなのに対し、なんとドアノックのレベル。
JAXAのソニックブーム低減の技術開発力は、想像をはるかに上回るもののようです。
そして、この小型超音速旅客機は、2025年に実証機での飛行実験を目標としています。
次世代超音速旅客機実用化に向けての世界の動き
2003年のコンコルドの退役以来、長い間超音速旅客機は実用化されていませんが、2010年代に入ってからは、ビジネスジェット機クラスの超音速旅客機開発の機運が高まってきました。
この流れから、国際民間航空機関(ICAO)の超音速タスクグループ(SSTG)において、ソニックブームに関する環境基準の策定検討が進められています。
JAXAは、ドイツ航空宇宙センター(DLR)、フランス国立航空宇宙研究所(ONERA)と共同研究を開始し、国際民間航空機関(ICAO)のソニックブーム基準策定に関連した解析検討を実施しています。
またアメリカ航空宇宙局(NASA)も低ソニックブーム旅客機を開発中ですが、JAXAは自身が開発した大気乱流影響評価手法を用いて共同研究を行っています。
JAXAが次世代超音速旅客機の開発を進める中、世界の動きも活発化しています。
NASAは2018年4月3日にロッキード・マーティンとの間で、超音速航空機の製作に関する2億4,750万ドルの契約を結びました、
この航空機は、地上55,000フィート(16,760m)前後の高さで巡航し、最高速度は時速940マイル(同1,504km・マッハ1.4)に達することを目標に設計されています。
※通常の旅客機が飛ぶのは地35,000フィート(10,670m)前後
地上で聞こえる旅客機の音は、ドアを閉める程度の音にしか聞こえないとされています。
2021年には試験場の上空でのテスト飛行を開始し、2022年には都市の上空をテスト飛行することを目標としています。
日本航空(JAL)は2017年12月に、米国ブームテクノロジー社に対して超音速旅客機の開発に約11億円を出資し、20機分の優先発注権を獲得したと発表しました。
ブームテクノロジーの超音速旅客機は、座席数が45-55席、航行速度マッハ2.2、巡航距離8300kmで2020年代半ばに就航を目標としています。
また、米国アエリオン社も2017年12月に開発中の超音速ビジネスジェットAS2について、ロッキード・マーティン社と共同研究を進めること、そしてエンジンについてはGEエアロスペース社と共同で検討を進めていることを発表しました。
アエリオン社の超音速旅客機は座席数が8-12席、航行速度マッハ1.4、巡航距離7800-10000kmで2025年就航を目標としています。
このように、日本のJAXAのように、アメリカでも次世代超音速旅客機の実用化に向けて各社しのぎを削っているのです。
インターネットの発達によって今や、いつでも世界の裏側と通信できたり、世界の情報を現地に行かなくても得られる時代になりました。
でも、やはり人間のリアルの世界に対する欲求は止められないようです。
日本から欧米までの飛行時間は現在は12時間以上。
これは日本が欧米からは最も遠く離れた位置にあることによります。
現在の2倍の速さの旅客機が実用化されれば、世界の中での多くの地域間移動が6時間圏内となり、JAXAが依頼した調査の結果によると、世界のGDPを1.3%も押し上げる経済効果が見込めるという結果になったそうです。
また、災害時の緊急対応も迅速になるため、この地域間移動時間の短縮化は豊かで安全な社会を期待できるのです。
そして次世代超音速旅客機が実現すれば、東京からハワイまでの往路6時間半が3時間強になることも夢ではなくなります。
JAXAでは、太平洋を2時間で横断できるマッハ5クラスの極超音速旅客機の実現を目指して研究開発を進めているそうです。
インターネット回線を通してだけでなく、リアルの世界で、世界の人達とより身近に直接コミュニケーションを取れる時代がもうそこまで来ています。
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